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初夏の陽気でナスもトマトも [園芸・花・綺麗なもの]

今日の大阪は気温も30℃に近づき初夏の陽気となりました。ベランダプランターの
ナスもトマトも花を咲かしています。
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トマトは早くも実がなりつつあります。
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今年もグリーンカーテンは諦めます。設置するスペースを作るのも面倒ですし、今年の夏は出来る
だけ旅に出たいので世話をする事も難しくなるからです。体の動くうちに行けるところに行きたいと
思っています。
これにて御免[exclamation][ダッシュ(走り出すさま)]


最近のニュースに物申す
『三省堂国語辞典 』の編集委員、飯間浩明氏が「汚名挽回」は誤用ではないと発表した。
通常は「名誉挽回」「汚名返上」が正しい日本語だが、間違えて使う人は多い。飯間氏は
挽回という言葉は失ったものを取り返すという意味なので、問題ないと言っているが
果たしてそうだろうか?ここで言う失ったものは汚名であってそれを取り戻すということは
意味的にも疑問を残す。間違って使っている言葉を意味の解釈の違いで認める事は
日本語文化として問題はないのだろうか?最近気になる言葉がもう一つ「一生懸命」という言葉。
最近NHKのアナウンサーや字幕にも平気で使われている。これは元々「一所懸命」が間違って
使われ広がった言葉だが一般化している。日本語が進化して新語、造語が増えることは問題ない
と思うが、間違われた使い方が一般化するのは日本語文化にとってはたしていい事なのだろうか?
正しく美しい日本語は大切にしたいと思う。


P.S. テレビで1クールに1本ぐらいドラマを見ますが、今見るドラマがありません。
     期待していたTBSの「ルーズヴェルト・ゲーム」は半沢直樹と白い巨塔を
     足して2で割った感じの2番煎じ感が否めません。大河ドラマの「軍師官兵衛」
     も歴史を知っているだけに次の展開が読めてドキドキ感がありません。
     今最終選考に残っているのはTBS「ホワイト・ラボ」かテレ朝「BORDER」
     の2本でしょうか。まだそれぞれ1回しか見ていませんが、ちょっと興味を
     そそられています。



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大坂之陣ウィーク(生國魂神社)5月5日 [講談]

大坂之陣ウィークの記事も今日で最後です。歴史に興味のない方スイマセンでした。
この日は旭堂南陵一門の講談会「真田幸村をたたえる講談会」という催しでした。
場所は谷町9丁目にある生國魂神社で行われました。

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一門の皆さんが大坂之陣の演目をその歴史順に語っていきます。
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ですので南陵先生が大トリではありません。演目順はこの通り。
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私は講談塾の生徒のためボランティアで会場設置のお手伝いもさせていただきました。
この演台も私が設置したんですよ。なかなか様になってるでしょ。
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生國魂神社では流鏑馬神事も行われました。私が会場に入る前、神社の前の公園で子供の
乗馬体験をしていました。
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ですので私はてっきりこの馬たちが流鏑馬に使われる馬たちだと思っていたのですが、
よく考えれば颯爽と走るような敷地もなく、何とも期待外れな木馬での流鏑馬神事でした。
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木馬を回転させては的を射ていくだけのものでガッカリです。勇壮な流鏑馬が見たかったな~[もうやだ~(悲しい顔)]

3日間に渡った大坂之陣ウィークも十分に楽しめたG.Wになりました。6日は酷使した体を休める
ために家でゆっくり読書三昧。7日出勤、8日は定期通院、9日出勤とちぐはぐな生活。休みボケ
も取れぬままでいます。早く社会復帰しなければとあせっております。
これにて御免[exclamation][ダッシュ(走り出すさま)]




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大坂之陣ウィーク(岸和田駅前商店街)5月4日 [徒然]

天王寺公園を早々に後にし次に向ったのは、だんじり祭で有名な岸和田へ行きました。
その岸和田駅前商店街であったイベントが「いまさら聞けない!?『大坂之陣』」です。
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商店街のど真ん中でのイベント。通行人も多く何か落ち着きません。
イベント開始の合図は司会及び横笛奏者の方の演奏で始まりました。
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旭堂南陽さんの辻講釈「難波戦記『大坂之陣』」の一節。講談の難波戦記は大坂之陣が始まった
理由から終わってからのそれぞれの人の行方を語る非常に長いお話です。
講談師が演じる場合は途中途中に区切りを入れて続き読みという型(いいところですが今日は
ここまで、後は次回のお楽しみという具合に)をとります。今回は特別に南陽さんがあらすじ的な
語りで演じておられました。ちなみに辻というのは街頭とか路上という意味です。
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その後南陽さん、司会の方、そしてだんじり彫刻の彫り師の方の3人で、なぜ岸和田のだんじりに
大坂之陣の彫刻がよく施されているかのトークショー。岸和田のだんじりには豊臣方の彫刻が
多くあります。真田幸村、後藤又兵衛、薄田隼人などの武将の多くがだんじりの彫刻で大坂之陣
を戦っています。
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だんじりについては今月の18日(日)にだんじり会館で「岸和田フォーラム」に参加しますので
また次の機会に報告します。ここでもまたクリアファイルを買ってしまいました。
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次回は3日間の最終日、大坂之陣ウィークの最終回を報告します。
これにて御免[exclamation][ダッシュ(走り出すさま)]



P.S.  ついに捉えたぞ赤い彗星シャア・アズナブル。
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    ラピートのジオンバージョンと岸和田駅で遭遇。やっぱり青いと鉄人28号に見えますが、
    赤いと不思議とシャア専用赤ザグに見えます。

 
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大坂之陣ウィーク(天王寺公園・真田幸村博)5月4日 [徒然]

大坂之陣ウィークが続きます。5月4日は天王寺公園で「真田幸村博」が行われました。
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入場に40分もかかるほどの盛況ぶり。人が多すぎて気分が悪くなりました。
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しかし肝心の内容はお粗末なものでした。中央の野外ホールでシンポジウムを行っていたものの、
どこの歴史家か知りませんが、人物の名前も曖昧でアシスタントにフォローされる始末。観客も
疎らになるはずです。
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歴女ブームで歴史好きな女性が増えていると聞きましたが、正体見たりほとんどの女性が歴史の
内容よりもどの武将がかっこいいなどミーハーな話題ばかりを話していました。
中央野外ホール以外はテナントブースばかり、これが真田幸村博とはちゃんちゃらおかしい内容
でした。中でも一番並んでいるブースは「戦国無双」などのゲームのブース。こんなものはゲーム
の博覧会などで開いてもらいたい。こんな奴らのために40分も並んだ事が非常に腹立たしく思い
ました。3日の道明寺合戦まつりの方がよっぽど内容が濃く、来年の夏の陣400年の時にはもっと
内容のあるイベントにして欲しいものです。
やっぱりどこのイベントにも最近はゆるキャラが居るもんですね。なぜか敵方伊達正宗のゆるキャラ
を発見。独眼流ねこまさむねと言うそうです。
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真田幸村のゆるキャラは見つけることが出来ませんでした。大阪には幸村のゆるキャラはいない
ようです。長野の上田市にはゆきまるくんというゆるキャラがいるそうです。
クリアファイルマニアの私はもちろん購入。
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道明寺と同じく信州長野の上田城より「真田おもてなし隊」が来ていました。時間がなかったので
そのパフォーマンスは見ることができませんでしたが、上田市のブースで宣伝活動をしていました。
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中でも注目[ぴかぴか(新しい)]真田十勇士の一人、由利鎌之助役のお嬢さんがとても美しかったです。
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いよいよ来年は夏の陣から400年のイベントがあるでしょう。そのときはもっと充実した内容に
してもらいたいもんです。会場のイベント内容だけでなく、茶臼山にあった徳川本陣や、真田山
にある真田本陣、大阪城などの歴史ポイントを巡るウォークラリーなどを企画していただきたい。
そして充実したイベントを期待します。
この後岸和田へ向いました。そしてついにあの電車に遭遇。次回もお楽しみに。
これにて御免[exclamation][ダッシュ(走り出すさま)]


P.S.  どなたかこれが何を意味している物かお教え下さい。謎解きなんですがヒントも一切
    ありません。大坂之陣とは無関係です。 
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さらに追記
今日レツゴー三匹(レッツゴーではありませんのでご注意を)の逢坂じゅんさんの訃報を聞きました。
私は子供の頃同じ名前なので友達とレツゴー三匹の漫才のマネをするときはじゅんさんの役でした。
親しみのある笑顔が思い出されます。ご冥福をお祈りいたします。








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大坂之陣ウィーク(道明寺古戦場跡巡り2)5月3日 [散歩]

玉手山を下り次の古戦場へ向いました。道標に従い藤井寺へ入ります。
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ここまで歩く事約6kmやや疲れておりますが、到着したのは誉田(こんだ)八幡宮です。
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欽明天皇の命により、応神天皇陵の前に社殿を建立したのに始まるとしており、そこから
「日本最古の八幡宮」を称しています。祭神は誉田別名(応神天皇)。放生池、放生橋が美しい
庭園もあります。
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横には古市古墳群最大(仁徳天皇陵に次いで2番目の大きさ)の応神天皇陵があります。
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上から写真が撮れればわかるのですが前方後円墳です。この誉田八幡宮一帯も古戦場と
なりました。ここが誉田林古戦場。玉手山から撤退した後藤軍は薄田隼人(すすきだはいと)
を筆頭に陣を構え、東軍伊達側片岡軍と戦を交えるも多勢に無勢、後藤軍は更なる撤退を
余儀なくされます。
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道明寺に向う途中、薄田隼人は東軍の奇襲を受けこの地で討ち死にしてしまいます。
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薄田隼人と言っても馴染みが薄いと思いますが、この人物非常に豪傑で1人で2,30人を相手にした
といわれています。元の名を岩見重太郎。父の仇を探し日本全国旅をし、各国にその豪傑たる逸話
を残しています。父の仇を見つけたのが京都の天橋立。この時あまりにも敵が大人数だったのです
が、助太刀したのが後藤又兵衛。その恩を返すため後藤軍に加わり戦果を挙げていきました。
そして歩く事8km。やっと道明寺に到着。真田軍の道明寺本陣です。
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道明寺は真言宗御室派、聖徳太子開基で600年ぐらいに開創。当時の豪族土師氏の邸宅を寺院
に改め、代々尼寺として今日に至っています。土師氏の子孫菅原道真の叔母覚寿尼も住持の一人
だったため、道真が大宰府に流される際に隠密に立ち寄ったともされ、道真の死後天満宮が祀られ
たが明治時代の神仏分離政策により天満宮と分離されました。
道明寺合戦まつりのクライマックスはここ道明寺天満宮で行われました。
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大阪一の屋外能舞台があり、そこでいろんなイベントが行われました。前に紹介した合戦まつり
帰陣の儀や、信州長野上田城(城主真田家、1583年真田昌幸築城)から真田十勇士おもてなし隊
が出陣。ダンスパフォーマンスを披露してくれました。最後に旭堂南陵師匠による講談が二席。
「菅原道真道明寺入り」と「難波戦記道明寺合戦」でした。
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天気にも恵まれ気分のいい一日でした。
これにて御免[exclamation][ダッシュ(走り出すさま)]


P.S.  ちょっと無理をし過ぎました。道中躓きで4回も転倒。最後は左手がしびれと震えで使い物
      にならない状態。後G.Wの2日間のイベント後6日の日にはゆっくりします。
      次は4日のイベント報告です。美人も登場。お楽しみに。



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